家族を問う映画:「どうすればよかったか?」

 私たちの誰もが、家族という名の小さな世界の中で生きている。そこには、喜びや悲しみ、怒りや優しさ、そして時にはどうしようもない”やるせなさ”があります。ドキュメンタリー映画「どうすればよかったか?」は、そんな家族の世界を、ある一家を通して描き出している作品だ。私はこの映画を観て、不登校やひきこもりの本人とその家族の姿や世界と重なってみえた。

引用:「どうすればよかったか?」公式サイト:https://dosureba.com/

1.藤野家のものがたり

 監督である藤野智明(ふじの ともあき)の姉(雅子:まこちゃん)が、突然奇妙な言動をはじめた。姉が24歳の時の春だった。姉は面倒見がよく優秀であり、4度目の挑戦で医学部に入学した。父も医師であり研究者で、母も同じ薬学系研究者だった。姉は幻覚や幻聴といった統合失調症の症状があった。

 8歳違いの姉は統合失調症が疑われたが、父と母は精神科の受診から姉を遠ざけ続けた。弟の藤野智明(監督)は、両親を説得できずに、実家を出て大学と映画制作の専門学校に通った。姉が発症したと思われる日から18年目から、帰省ごとに家族の姿を記録し始める。父と母の会話、表情がない姉、見えない誰かに怒るように叫んでいる姉、家から出られないようにした南京錠のかかったドア、などが描かれている。

2.統合失調症とは

 統合失調症は、幻覚(幻聴や幻視など)、妄想(現実とは異なる誤った確信)、話のまとまらなさ、行動のまとまらなさ、陰性症状(感情の平板化または意欲低下)が症状として挙げられる。ドパミン神経系の亢進が推定され、抗精神病薬よる治療が有効的で、早期に治療を開始しておくほうが望ましい。
 統合失調症の主症状は、幻聴と妄想である。具体的には、家に一人きりの時でも誰かから話しかけられて、それに応答する。自分の考えが抜き取られていると感じたり、考えが操られるとと感じたりする。本人にとっては現実に聞こえていたり、見えていたりする。現代的に言えば、街中を歩きながらイヤホンを使って大声で不可解な言葉で電話している人ようにみえる。周りの人にとっては本人が話している声や、騒いでいる声や態度だけが見える。すると、周りの人にとっては、「奇妙な言動」として見えてしまう。(注:診断については、医師の見解を正としますので、安易な判断はしないで下さい)

どうすればよかったか?3
引用:「どうすればよかったか?」公式サイト:https://dosureba.com/

3.姉の苦悩

 父も医師であるし、姉も優秀であったため、医学部への入学を目標に勉強してきた。ただし、医学部への入学は簡単ではなく、4回目の挑戦でやっと入学できている。さらに、医師国家試験を受けるには6年間の大学での勉強に加えて、国家試験に合格しなければならない。両親の期待とプレッシャーは大きかったと思われる。しかし、これが統合失調症になった原因とも言えない。

4.同居する両親との関係

 父は医師であるので、姉の症状からみて、すぐに精神的な病気であることがわかったであろう。しかし、精神科の受診を拒んだのはなぜだろうか? 私は2つの理由があるかと思う。
 その一つ目は、”娘を医者にしてあげたかったから”だと思う。医師免除の欠格事由に、統合失調症が該当する可能性があるからだ。医師法第4条には、「心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの」とある。つまり、姉に統合失調症という診断が下れば、医師としての道が絶たれてしまう可能性がある。
 2つ目の理由は、”世間に知られたくなくなかったから”であると思う。豹変した娘の姿は、世間からどうみられるのか分かっていた。また、娘が外出すると、何か事件を起こすのではないかという不安もある。
 両親は、娘を家の中に閉じ込め、ほとんど外出しない生活をおよそ20年間続けた。20年間です。私は、南京錠をかけれたドアを見たとき、現代の「座敷牢(ざしきろう)」だと感じた。

【座敷牢(ざしきろう)】
 明治時代の1900年に「精神病者監護法」が制定され、”私宅監置”が制度化された。これにより、精神疾患患者を自宅の敷地内に設けた座敷牢に閉じ込めることが合法的な措置として認められた。明治時代以降は、ヨーロッパの近代精神医学が導入され、精神疾患は病気として扱われるようになった。しかし、精神病院の数が不足していたため、私宅監置いわゆる”座敷牢”は依然として多く行われていた。
 

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5.寄り添うということ

 映画の中で、藤野監督は、姉に寄り添い、彼女の言葉に耳を傾けている。それは単なる記録ではなく、監督自身もまた、家族の一員として、悩み、苦しみ、姉の治療を願っていた。家族だからこそ、どうにかして姉を助けたいし、両親に幸せに生きてほしい、という気持ちが感じとれるからだ。

引用:「どうすればよかったか?」公式プログラム 東風+動画工房ぞうしま 2024年12月7日発行

5.どうすればよかったか?

 この映画のタイトルどおり、「どうすればよかったか?」という問いには、答えがない。何が原因で、だれのせいで、どんな選択が良かったのか。正しいと言える答えはない。父の思い、母の思い、そして弟としての監督の思い。映像には出てこないまでも、精神科病院を探したり、行政関係にもしきりに相談するなど、できる限りの行動はしていたはずだ。
 そして、そんな家族を”世間という空気”がどう見ているだろうか。

6.普遍的なテーマ

 「どうすればよかったか?」は、家族という普遍的なテーマを扱っている。それは、私たち自身の物語でもあるのだ。この映画は自分の家族について、そして自分自身について、深く考えることになるだろう。
 不登校やひきこもりも、程度の差はあれど、家族がテーマである。不登校の多くは自宅に居るし、ひきこもりも同じです。そこには、どうしても家族との関係が関わってくる。怒りや暴言、暴力、あるいは情動を抑え込んだ重い雰囲気が存在する。明日、私たちの家族にも、起こる可能性は大きいだろう。

7.最後に

 この「どうすればよかったか?」という映画の魅力は、何と言ってもそのリアルさにある。ドキュメンタリー映画であるため、演出や誇張はない。そこには、ありのままの家族の姿が映し出されているからだ。そして、私たちに多くのことを問いかける映画である。家族とは何か、人生とは何か、そして幸せとは何かということだ。ぜひ、この映画をご覧いただき自分自身に問いかけてみてほしい。

 今回の記事については、いかなる利益相反も有しておりません。

【参考資料】
 「どうすればよかったか?」公式サイト:https://dosureba.com/
 「どうすればよかったか?」公式プログラム 東風+動画工房ぞうしま 2024年12月7日発行
 松崎 朝喜 「精神診療プラチナマニュアルGrande 第3版」 株式会社メディカル・サイエンス・インターナショナル 2024年3月28日発行